BtoBマーケティングの伝道師・庭山一郎氏インタビュー 勝てる企業の戦略的BtoBマーケティング ──「ABM」を庭山一郎氏が語る

マーケティングに携わる方なら、『ABM(アカウントベースドマーケティング:Account Based Marketing)』という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。ABMは、ターゲット企業(アカウント)を定義したうえで、戦略的にアプローチするためのマーケティングフレームワークまたは手法で、アメリカやヨーロッパのグローバル企業がいち早く採り入れていました。それをBtoBマーケティングの伝道師である、シンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎さんが2016年にABM関連の書籍では日本初となる「究極のBtoBマーケティング ABM」(日経BP社)著し、今や日本でも広く知られています。庭山さんが説くABMとはどんなもので、なぜいま脚光を浴びているのかインタビューしました。
シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役
庭山一郎(にわやま いちろう)

1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供している。 年間で100回以上に及ぶセミナー講師や、ノヤン先生として執筆している『マーケティングキャンパス』等、多数のマーケティングメディアの連載をとおして、実践に基づいたマーケティング手法やノウハウを、企業内で奮闘するマーケターに向けて発信している。
日本人材ビジネス協議会(副理事長) DMA(Direct Marketing Association:米国ダイレクトマーケティング協会:本部 ニューヨーク)会員 IDN(InterDirect Network:インターダイレクトネットワーク:本部 オランダ)理事 中央大学大学院ビジネススクール客員教授

デマンドジェネレーションに特化してマーケティングを支援

庭山さんが代表取締役を務めるシンフォニーマーケティングは、“BtoB専門”のマーケティングアウトソーシングサービスを提供しています。同社ではABMを「全社の顧客情報を統合して、マーケティングと営業の連携により、定義されたターゲットアカウントからの売り上げ最大化を目指す戦略的マーケティング」として位置付けています。しかし、驚くことに、前提となる『マーケティング』という言葉には、「統一された定義がない」(庭山さん)と言います。

「マーケティングという言葉は、日本に上陸した当初は“リサーチ”(調査・分析)と同義のものと捉えられていました。その次に主流となったマーケティングの解釈は、“ブランディング”(ブランドの価値を高めること)でした。マーケティングとは何かと尋ねると、いまでも多くの人々が『リサーチ』か『ブランディング』、あるいはその両方であると答えます。 ところが、私たちシンフォニーマーケティングは創立から28年間、BtoBを対象としたマーケティングのスペシャリストとして、リサーチもブランディングも一切手がけたことがありません。私たちのサービスは『デマンドジェネレーション』と呼ばれる“第三のマーケティング”に特化しているのです

庭山さんが1990年に同社を創立した当時は、BtoBとBtoC両方のマーケティングコンサルティング業務を主なビジネスとしていました。しかし、アドバイスをしてもクライアントの課題を解決できないということが続きます。

「コンサルティングは課題解決のための戦略策定が主な仕事であり、その戦略の実行はクライアント企業に依存します。だから、コンサルタントの立場では結果にコミットすべきではないと考えています。しかし、様々な事情で顧客企業がアドバイス通りに動けるとは限らず、思うような課題解決ができない、成果がでないという事態に陥ります。このようなジレンマがあったので、業務形態をマーケティングアウトソーシングサービスにシフトすることにしました」

そして、1997年に庭山さんはBtoBにフォーカスした、日本初のマーケティングアウトソーシングサービス事業を本格的に立ち上げます。驚くのは、その誕生から現在まで、他の追従を許すことなく業界の先頭を独走し続けていること。なぜなら、デマンドジェネレーションを組織的に実行するためのノウハウを、マクロ的な面と、ミクロ的な面──MA(Marketing Automation)やSFA(Sales Force Automation)などのテクノロジーツールの導入支援──を、ともに提供できるからに他なりません。

「デマンドジェネレーション」と「ナーチャリング」で一瞬のチャンスをモノにする

ABMのマーケティングについて、庭山さんは「デマンドジェネレーションというBtoBマーケティングのモデルを進化させた形」と言います。では、キホンのキといえる、デマンドジェネレーション、つまり“マーケティング部門が案件をつくって、営業部門に安定供給する”ための基本的な考え方とは何なのでしょうか。
「いつの時代もテクノロジーは目まぐるしく変化していますが、 変わらないことはRight Person(人)/Right Information(情報)/Right Timing(機会)という

“三つのRight(適切な~)”を押さえることです。これが、デマンドジェネレーションによる、BtoBマーケティングの原理原則だと考えています。しかし、ビジネスのチャンスは常に開いているわけではありません。例えば、ある会社がオフィスの移転を決めたら、その瞬間にだけオフィス賃貸のニーズが発生して、転居先が決まったとたんにビジネスの機会は閉じてしまいます。この一瞬のチャンスを見逃さずにリーチすることが、私の掲げるデマンドジェネレーションの基本的な立ち位置です。
その前提として、見込み顧客を適切なコミュニケーションによって啓蒙する、『ナーチャリング』の立案と出来栄えが、最終的な顧客創出と案件化の確率に左右します」

デマンドの把握には、顧客の動向をデータツールなどで可視化しながら追いかける「カスタマージャーニー」が手段としてあります。

「現在のBtoBマーケティングでは、カスタマージャーニーがトレンドと言われています。しかし、私の経験からすると、実は多くの顧客はジャーニーをしません。また企業のニーズもこちらが描いたジャーニーマップの通りには動いてくれないものです」

庭山さんは、決してジャーニーマップを描くことを軽視しているわけではありません。それを意識しながら、“突然発芽する”デマンドを見逃さず、ビジネスチャンスが閉じる前にリーチできる仕組みと、その整備の重要性を説いているのです。では、ビジネスチャンスを的確に捕まえるためには、何を心がければ良いのでしょうか。

「当社では複数のMAツールを取り扱っています。しかし、その中のシナリオ機能に含まれるステップメールの有効性については、私も懐疑的に思うところがあります。
MAの機能によって、カスタマージャーニーをマッピングしながら分岐をつくり、例えば、『あるメールマガジンに反応』したら、次は『こちらのメールを案内』するといった戦略を実行するとしましょう。この時、手当たり次第にメールを送ると、せっかくのナーチャリングプロセスが、顧客にとっては次第にスパムとして感じられるようになります。お客様のところでニーズが発芽した時に、『もうすっかり嫌われている』なんてことになれば、目の前に見えているチャンスに取り付くこともかないません。
ナーチャリングの効果を最大化するためには、いつ発芽するかわからないチャンスを見逃さないことと、同時に発芽の時を迎えるまで見込み顧客から忘れられることなく、また嫌われもしない距離感をつかむことが大切です。でも、これがとても難しいのです」

ABMはデマンドジェネレーションの進化形である

「デマンドジェネレーションを組織的に行うべくマーケティング部門を設けた企業が、その次に必ずと言っていいほどにぶつかる『壁』があります」

ABMについて話を詳しく聞いたところ、庭山さんはこんな話を切り出しました。ここで言う「壁」とは、マーケティング部門がリソースを投じてつくった案件(MQL:Marketing Qualified Lead)を、営業部門がフォローしてくれない、あるいはフィードバックが得られないという問題のことを指します。

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「アメリカでは1990年代から、デマンドジェネレーションを組織的に実行する「デマンドセンター」の重要性が説かれ始めました。そして、2000年代に入ってからは、マーケティングと営業の部門連携を高めるべく、試行錯誤が繰り返されていきます。その結果、営業部がマーケティング案件のアクセプト率を高める有効な手法として、『ABM』が導き出されたのです」

ABMの大きな特徴に、営業のフォローしたい企業をスコアリング(点数付け)する仕組みがあります。このスコアを使うことで、MQLが営業にアクセプト(SAL:Sales Accepted Lead)される確率が高まっていきます。

「ABMが浸透していくと、次第にターゲットアカウントに対して、営業個人の「点」による結び付きが、部署として「線」でつながっていきます。それだけでなく、企業全体を「面」で捉えた関係性が構築され、結果として売り上げの最大化につなげられるのです。
例えば100種類の商材を持つ企業が、ある1つの製品だけを大量に買ってくれるお得意様を、ターゲットアカウントとしている場合があります。ABMの世界では、この関係性では不十分です。ほかの99種類の商材を買ってもらうなど、縦横無尽にシナジーを効かせながら点と点の関係を面に持っていく戦略がABMの考え方なのです」

庭山さんは日ごろから、ABMについて「従来のデマンドジェネレーションの進化形である」との考えを発信されています。それには、デマンドジェネレーションを行う組織=デマンドセンターが鍵を握ります。

「企業がABMに取り組むためには、まず組織としてデマンドセンターをつくり、顧客データとコンテンツのマネジメント、および分析が欠かせません。個人ではなく、アカウント(=企業)をターゲットとして、複数のコンタクトポイントをカバーしながら、発生したコンタクト履歴や属性情報を統合的に管理するのです」

戦略的なBtoBマーケティングを行うため、組織として機能するデータセンターにノウハウをため込んでいくべき、という庭山さんの考え方は理にかなっています。しかし、日本で実践できている企業はまだ多くありません。

「日本のマーケティングが遅れる原因となった1つに、日本が第二次大戦後に高度経済成長を遂げる最中に、マーケティングがなくても業績を伸ばせる特殊な環境にあったことがあります。ところが、2008年のリーマン・ショックに端を発した世界規模の金融危機が訪れると、日本企業の成長も国内外で行き詰まりを迎えます。戦略的なBtoBマーケティングを導入しなければ戦えない、という土俵に半ば強制的に上げられてしまったのです。しかし、マーケティングに関する知見はどこを見渡しても見つからない。この状況になって、ようやくマーケティングの必要性に気がついたのです」

欧米から先に火がついたABM。日本では、庭山さんが2016年に上梓した書籍「究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)※」が、日本初のABM書籍となりました。そして今では、その内容について議論を交わすマーケターが現れるほど、熱い視線が注がれています。
庭山さんは著書の中で、「ABMの普及が日本のBtoBマーケティングの転換点となり、急速に世界に追いつくきっかけを作るかもしれない」と述べています。その根拠として、日本

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企業の意思決定プロセスが、本来ABMがうまく機能する土壌としてマッチしていることなど「4つの理由」について言及しています。ABMを知り、企業成長のヒントにしたいと考えているなら、本書が道標となることは間違いありません。

ABMについて著した庭山さんの著書
究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)
庭山一郎(著)
日経BP社刊
https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/16/258180/

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